ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ

中江藤樹略年譜

印刷用ページを表示する 掲載日:2015年11月4日掲載
  • 慶長13年(1608) 1歳  3月7日、近江国高島郡小川村に生まれる。
  • 元和2年(1616)   9歳   米子藩主加藤貞泰の家臣であった祖父吉長の養子になり米子に移住。
  • 元和3年(1617)     10歳 加藤貞泰の転封により、伊予国大洲へ移住。
  • 元和7年(1621)     14歳  曹渓院天梁和尚に書道や漢詩を学ぶ。8月7日祖母卒。
  • 元和8年(1622)   15歳   9月22日 祖父吉長卒。
  • 寛永元年(1624) 17歳 京都から来た禅僧に『論語』を学ぶ。
  • 寛永2年(1625)  18歳 1月4日 父吉次卒。
  • 寛永5年(1628)  21歳 『大学啓蒙』を著す。
  • 寛永7年(1630)  23歳 「安昌、玄同を弑するの論」を書く。
  • 寛永8年(1631)  24歳 「林氏、髪を剃り位を受くるの弁」を書く。
  • 寛永9年(1632)  25歳 近江に帰省し、母に伊予での同居を勧めるが拒否される。
  • 寛永11年(1634) 27歳 3月7日 辞職願を提出するが拒否される。10月脱藩し、京都に潜伏後近江に帰郷する。
  • 寛永14年(1637)  30歳  伊勢亀山藩士高橋小平太の娘・久と結婚。 この頃より、門人となる者多し。
  • 寛永15年(1638)  31歳  『持敬図説』『原人』を著す。大野了左入門、後に彼のために『捷径医筌』を著す。
  • 寛永16年(1639)  32歳 「藤樹規」「学舎座右戒」を作る。
  • 寛永17年(1640)  33歳 『性理会通』を読み、太乙神を祭る。『翁問答』を著す。
  • 寛永18年(1641)  34歳  『孝経啓蒙』の執筆開始、翌年完成。熊沢蕃山入門。
  • 寛永19年(1642)  35歳  11月 長男宜伯誕生。
  • 寛永20年(1643)  36歳  『小医南針』を著す。
  • 正保元年(1644)  37歳  『陽明全集』を初めて入手する。『神方奇術』を著す。
  • 正保3年(1646)   39歳  1月25日 次男 仲樹誕生。 4月30日夫人久卒。
  • 正保4年(1647)   40歳   9月 大溝藩士別所友武の娘と再婚。 『鏡草』著す。
  • 慶安元年(1648)  41歳   7月4日 三男季重(常省)誕生。8月25日中江藤樹没。

このページの先頭へ