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前の三子

印刷用ページを表示する 掲載日:2015年11月4日掲載

 北方(喜多方)地方に藤樹学が広まったのは、矢部惣四郎が京都に上り淵岡山の教えを受けて帰省し、前三子といわれた五十嵐養庵・遠藤謙安・東條方秀らにそれを伝えたことにはじまる。三子は自ら京都に上り岡山に接し、学んだ。帰郷後も岡山との文通による研鑽を重ねた。そして地元の農民・商人・男女の差別なく教え導き、藤樹学の普及に力を入れた。会津藩の『家世実紀』は、その数千人余といっている。


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