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喜多方の基盤をつくった人 原 平蔵

印刷用ページを表示する 掲載日:2015年11月1日掲載

(1859~1926)
 安政6年、半在家村(現・喜多方市熱塩加納町)原平二郎の四男として生まれる。

 明治17年(1884)、喜多方町に分家。明治22年、町村制実施で喜多方町助役となり、明治26年からは町長に選ばれ、大正6年(1917)までの24年間、また大正10年から同14年まで、前後合わせて28年間を勤める。

 この間、喜多方小学校建築(明治27)・岩越鉄道の敷設に奔走(明治27)・喜多方婦人同情会の幼稚園設立(明治39)・技芸学校(明治39)・訓盲学校(明治41)・私立通俗図書館(大正2)・県立中学校(大正7)・町立喜多方商業学校(大正11)・実践女学校(大正12)の開設など、喜多方町の基礎をつくった。

 また文筆をよくし東奄の雅号で、所々に碑銘を残している。大正15年11月9日死去。享年68歳。